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東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)305号 判決

原告

小池サタ

右訴訟代理人

寺村恒郎

外二名

被告

荻窪税務署長

矢渕俊郞

右指定代理人

金沢正公

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二まず、本件処分の経緯について事実関係を検討する。

1  〈証拠〉によれば、被告所部の係官が原告の昭和四七年分ないし昭和四九年分の青色申告書による所得税確定申告書及び添付の決算書を検討したところ、原告に支払われた東京都からの公衆浴場経費補助金が右決算書に計上されているかどうかが不明確で、同補助金の額や被告において取得した資料等と比較すると、原告の申告した収入金額が過少であるとの疑いが生じた事実が認められ、これに反する証拠はない。

2  そして、次の事実については当事者間に争いがない。

(一)  昭和五〇年七月一八日、被告所部の小林係官が原告方に臨場し、原告に対し身分証明書を提示して税務調査に来た旨を告げ、帳簿の提示を求めたのに対し、原告は民商に加入しているため民商関係者に相談してみる旨答えて提示を断つた。

(二)  同月二八日、小林係官が原告と事前に打ち合せた上で原告方に臨場し、居合せた民商関係者六名に対し退席を求め、原告に対し帳簿書類の提示を求めたが、原告側は民商関係者の退席を断り、調査の理由を述べるよう求め、調査理由の説明がないといつて右提示を断つた。

(三)  同年一〇月二一日、小林係官が被告所部の根岸係官と共に原告方に臨場し、原告に対し帳簿の提示を求めたが、原告はこれを断つた。

(四)  同年一一月一九日、小林係官が被告所部の梶沢係官と共に原告との事前の約束時間に遅れて原告方に臨場したところ、既に民商関係者九名がテープレコーダーとマイクロホンを置いたテーブルを囲んで座つており、小林係官らが原告に対し帳簿書類の提示を求めたが、原告はこれに応じなかつた。

(五)  同月二八日及び昭和五一年二月五日、被告所部の小川係官から原告に対する電話による照会があつたが、その後は原被告間の直接の交渉はなく、本件処分に至つた。

3  〈証拠〉によれば、(一)昭和五〇年七月一八日小林係官は原告に帳簿の提示を断られ、次回には昭和四七年分ないし昭和四九年分の帳簿書類を準備しておくよう依頼して原告方を退去したこと、(二)同月二八日小林係官は原告に対し法二三四条の質問検査権に基づく調査を行つているものであり、青色申告者に義務付けられている帳簿の備付け、記録及び保存が正確に行われているかどうかを確認する必要があり、また、申告所得金額が正確であるかを確認する必要もあると説明して帳簿書類の提示を求めたが、原告らは原告が特に調査の対象に選ばれた理由は何かを説明し、帳簿のどこが見たいかを具体的に特定して説明すれば帳簿を見せる旨を述べ、帳簿書類の提示に至らなかつたこと、(三)同年一一月一九日小林及び梶沢の両係官は原告に対し、帳簿の管理記帳状況及び申告所得金額が正確であるかを確認する必要がある旨を説明するとともに、現金の管理状況、補助金の経理状況を尋ねて帳簿書類の提示を求め、帳簿書類があるとしても見せなければないと同じであり青色承認が取り消されることになる旨を述べ、これに対し原告は、申告のどの点に問題があるかを説明しない限り、帳簿書類の提示には応じないとの態度を堅持したこと、(四)更に同月二八日及び昭和五一年二月五日小川係官が原告に対し電話により今からでも帳簿書類を提示して調査に応じてもらいたいと述べたが、原告は税金のことは民商に任せてあると答えるばかりで、調査に応じようとする意向はこの時にも示されなかつたこと、以上の各事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

三以上の事実関係のもとにおいて、原告が被告からの帳簿書類の提示要求に応じなかつたことが法一五〇条一項一号の定める青色承認取消事由に該当するか否かを検討する。

1  所得税については、申告納税方式が採用され、納税すべき所得税の税額等は納税者の申告により確定するのを原則とし、その申告がない場合又はその申告に係る税額等の計算が法律の規定に従つていない場合その他当該税額等が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長の処分により確定することとされている。この申告納税制度が適正に機能するためには、納税者がその業務につき帳簿書類を備え付け、これに取引を記録し、これを基礎として正確な所得を計算し申告することが必要である。そこで、帳簿書類を基礎とした自発的かつ正確な申告を奨励する意味で、法の定めるところに従い一定の帳簿書類を備え付け、日々の取引を正確に記録し、これに基づき税額等を計算し申告しようとする者に限つて、青色の申告書を用いて申告することを認め、この青色申告者に対しては、所得の計算につき特別の軽減を与え、あるいは更正手続の上でも特に有利な取扱いをすることにより、これを優遇している。このように、青色申告者は、税法上種々の特典を与えられている反面で、法一四八条一項において、大蔵省令で定めるところによりその業務につき帳簿書類を備え付けてこれに取引を記録し、かつ、当該帳簿書類を保存することを義務付けられ、この義務に違反したときは、法一五〇条一項一号の規定により青色承認を取り消されることとされている。

2  ところで、法は、青色申告者について次のことを定めている。

(一)  法一四八条二項は、税務署長は必要があると認めるときは青色申告者に対しその者の帳簿書類について必要な指示を与えることができるとし、法一五〇条一項二号は、青色申告者が右の指示に従わないときは青色承認を取り消すことができると規定している。

(二)  法一五〇条一項は、青色申告者の帳簿書類に不備不正がある場合には、税務署長は当該申告者に対する青色承認を取り消すことができると規定し、同条二項は、税務署長が青色承認取消しの処分をする場合には、青色申告者に対し書面によりそのことを通知し、その書面には、取消処分の基因となつた事実が同条一項各号のいずれに該当するかを附記しなければならないと規定している。そして、法一五〇条二項は、取消処分が同条一項各号のいずれかによるかを附記するのみでなく、取消しの基因となつた事実をも処分の相手方において具体的に知り得る程度に特定して摘示すべきことを規定したものと解される(最高裁判所昭和四九年四月二五日第一小法廷判決、民集二八巻三号四〇五ページ参照)。

(三)  法一五五条一項本文は、税務署長が青色申告者の申告した課税標準等について更正する場合には、当該申告者の帳簿書類を調査し、その調査により課税標準等の計算に誤りがあると認められる場合に限り、更正をすることができると規定し、また、法一五六条は、青色申告者に対するいわゆる推計課税を禁止している。

(四)  法一五五条二項は、青色申告者に対する更正の通知書には更正の理由を附記すべきことを規定している。そして、同項は、単に更生に係る勘定科目とその金額を示すだけでなく、そのように更正した根拠を帳簿の記載以上に信憑力のある資料を摘示することによつて明示すべきことを規定したものと解される(最高裁判所昭和三八年五月三一日第二小法廷判決、民集一七巻四号六一七ページ参照)。

(五)  法二三四条一項は、税務署長等は所得税に関する調査について必要があるときは青色申告者を含む納税義務者の事業に関する帳簿書類を検査することができると規定している。この検査権は、税務署長が更正又は決定をするためばかりでなく、青色承認の申請の許否や青色承認の取消等の処分をする場合の調査のためにも行使し得るものであつて(最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定、刑集二七巻七号一二〇五ページ参照)、その相手方は、それが適法な検査である限り、帳簿書類の閲覧その他の検査に応ずる義務がある。

3 右の各規定及び前記青色申告制度の趣旨に照らして考えると、法は「帳簿書類の備付け、記録又は保存が一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従つて行われていないこと」を青色承認申請の却下事由とするとともに青色承認の取消事由ともしているが(一四五条一号、一五〇条一項一号)、これは、当該納税者の帳簿書類について税務署長が法二三四条の規定に基づく調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができた場合にのみ青色承認による特典を与えるとの趣旨に出たものであり、青色申告者が右帳簿書類の調査にいわれなく応じないためその備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長において確認することができないときは、法一五〇条一項一号の定める青色承認取消事由に該当するものと解するのが相当である。青色申告制度は、申告の基礎となつた納税者の帳簿書類の正しさに対する税務官庁側の信頼が存在することを前提として成り立つものであるから、納税者の調査拒否により当該帳簿書類の不備不正の存否そのものを確認することができない場合にまで税務署長において青色承認による特典の享受を認めなければならないとすることは、制度の本旨に反するものであるし、また、前述のように、青色申告者について帳簿書類の調査に基づく場合に限つて更正をすることができ推計課税が禁止されていることからみても、青色申告者が帳簿書類の調査を拒否したときは、青色承認を取り消した上で白色申告者として推計により更正をなし得ることを法は当然に予定しているものというべきである(そうでなければ、青色申告者に対しては、その者が帳簿書類の調査を拒否する限り更正をすることができないことになり、適正な課税が妨げられる結果となる。)。

このように、青色申告者が帳簿書類の調査をいわれなく拒否した場合には法一五〇条一項一号に該当すると解すべきであるが、この解釈は、調査拒否自体を「備付け」「記録」又は「保存」の違反と並ぶ別個独立の取消事由とするものではなく、右調査拒否の結果として帳簿書類の「備付け」「記録」又は「保存」が正しく行われていることを処分の時において確認し得ないこととなるので、これをもつて「備付け」「記録」又は「保存」を欠くと評価するものであるから、法の規定していない取消事由を創設したことになるとの非難は当たらない。

4 本件において、原告は、前記二で述べたとおり、被告所部の係官が原告の申告に係る収入金額の正確性を調査するため帳簿書類の提示を再三要求したにもかかわらず、原告を調査対象に選んだ理由や原告の申告又は帳簿の問題点などについて調査理由を具体的に説明してもらえない限り要求には応じられないとして、右帳簿書類の提示をあくまでも拒否したものである。しかしながら、税務署長の質問検査権は、申告内容等の正確性を確認するために行使し得ることはもちろんであり、また、その行使に当たつて相手方に対し調査の理由ないし必要性を具体的、個別的に開示することも当然には法律上の要件とされるものではないのであつて、前述の事実関係に徴すれば、原告が調査理由の不開示を理由としてした本件の提示拒否が正当なものといえないことは明らかである。そして、右提示拒否により、被告としては原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令の定めるところに従つて正しく行われていることを確認することができなかつたのであるから、当該帳簿書類が当時客観的にどのような状態にあつたかにかかわりなく、法一五〇条一項一号の青色承認取消事由に該当するとされることを免れないものというべきである。

四原告は、被告の本訴における主張からみて、本件処分の理由が不明確、不特定であると主張する。

しかし、前記三2(二)で述べたとおり、青色承認取消処分については、処分の通知書に取消しの基因となつた事実と当該事実が法一五〇条一項各号のいずれに該当するかを附記すれば足りるものであつて、それ以上に当該事実がなにゆえに右各号に該当するものであるのかについて税務署長の判断根拠を示すことは要求されていない。したがつて、その判断根拠に関する被告の訴訟上の主張をとらえて処分理由の不明確をいうことは失当である。また、本件の提示拒否により同項一号の備付け、記録又は保存の全部が欠けることになると主張したからといつて、処分理由が不特定であるということはできない。

五以上のとおりであるから、本件処分に原告主張の違法はない。よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤繁 泉徳治 岡光民雄)

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